依存症の治療での約束の方向性について

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ギャンブル依存症は気持ちの問題ではなく、脳が機能的に変化する列記とした病気だと言われています。

 

これはよくわかります。

 

ですが、病気の『治療』となるとこれを忘れがちなケースが多々あります。

 

「俺はもう2度と絶対ギャンブルをしないから。約束する。」

 

個人的にはこれは問題だと思います。

病気という事実

ギャンブル依存症は病気です。

 

以前精神科医の猫Pさんにも話を伺いましたが、医学的に「寛解」という状態には出来るが「完治」はしない病気だそうです。

 

これは脳の神経伝達物質の量などが変わってしまっているので、それをどんなに抑えていてる状態を保っても1度また刺激に触れれば戻ってしまう事から「完治」はしない病気と言われているそうです。

 

動画でも話したことがありますが、個人的には「梅干し」で例えるのが分かりやすいのではないかと思います。

 

梅干しがすっぱい事を知っている人間は、何年も食べていなくても、絶対に唾を出さないぞとどれだけ強く意識をしても、また梅干しを見れば勝手に唾が出ます。

 

これと同じで、ギャンブル依存症も後天的に植え付けられた記憶により脳の神経伝達物質の量が変わっているため、自己制御は無理です。

約束出来る物ではない

これを踏まえたうえで、考えてみると1つ思う事があります。

 

誰にでもスリップ・再発のリスクがあるという事実。です。

 

1度脳がそうなってしまった以上、もう元に戻すことはできません。

 

なのでこの病気は簡単に人と「俺もう絶対行かないから、約束するよ」と言っていい病気ではないと私は思います。

 

行かないことを強く胸に刻むのは良い事ですが、「スリップ」自体は条件が整えば誰にでも起こりえます。

 

例えば転職・引っ越し・離婚・金欠・事故など偶然の重なりによってまたスリップをしてしまう可能性もあります。

 

なのでの「スリップをしない事」を人との「約束」というもので縛ってしまうと、もしスリップした時に「隠す」「信頼を失うか」という2択しかなくなります。

 

そうなれば、とても再発を防げる環境ではなくなってしまい、危険です。

 

なので誰かと約束するべきは「2度とギャンブルをしない事」ではなく「一生ギャンブル依存症と向き合っていく事」だと思います。

 

誰にも秘密にしているような私が言うのはとてもおかしい話ですね。でも、私が誰かに打ち明ける事があるならそう言います。

それを踏まえて出来る事

それを踏まえたうえで出来る事は、スリップをしない状態を維持することです。

 

ギャンブルを何年も辞めている人は1日しか辞めてない人に比べてとんでもなく意志が強い人なのか?と考えてみるとよくわかりますが、これを保つ為に大事なものは「強い意志」ではないと思います。

 

意志が強い弱いの問題ではなく、別のポイントがあるはずです。

 

私も密かに年単位でやめているのである程度の感覚はわかりますが、辞めている人は(物理的に)ギャンブルを出来ない状態を続けています。厳密にはやりにくくするようにしています。

 

個人的にも一番良いと思うのは、外部との交流を持つ社会活動ですが、例えばブログを書くのもそう、GAに通い続けるものそう、テニススクールに通うのもそうだと思います。

 

他の活動を入れたり、お金を持ち歩かない様にしたり、ギャンブルの情報は意図的に避けたり・・長く辞めている人ほどこれを自然とやっています。

 

他にも辞めてない人は主観的思考になりやすく、長期的にやめている人ほど俯瞰的思考になっているケースが多いとか色々あるかとは思いますが、長くなりそうなので近しい話は下記の猫Pさんの記事をご参考にしていただければ幸いです。

nkobi1121.hatenablog.com

nkobi1121.hatenablog.com

nkobi1121.hatenablog.com

最後に

気付けば話が脱線していましたね・・。

 

私が書きたかったのはギャンブル依存症なのに「スリップしない」と約束してしまうのでは「俺次梅干見ても唾出さないから」という状態に近いものなのでやめた方が良いと思うという話でした。

 

実際にギャンブル依存症の場合は行動まで下記のようなフローがあるので、簡単に梅干しで例えるのはよくないとは思いますが、分かりやすいかと思ったのですみません。

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必要なのはその約束ではなく「一生病気と向き合っていく約束」ではないかと思います。

 

・・・と、誰にも言っていない、そもそもそんな約束する環境にすらしていない私なんかからの戯言でした。

それでは。